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2017年01月16日

UCHIDA FAIR 2017 in SAPPORO

UCHIDA FAIR 2017 in SAPPORO_A.jpg

UCHIDA FAIR 2017 in SAPPORO
日時:2月2日〜3日
2日(木)10:00〜18:00(受付時間 10:00〜17:30)
3日(金)10:00〜17:00(受付時間 10:00〜16:30)
会場:札幌市中央区北1条東4丁目1−1 サッポロファクトリー1条館1F
費用:無料
主催:株式会社内田洋行

フェアの情報はこちらをご覧ください。
http://office.uchida.co.jp/fair2017/sapporo.html
会場へのご案内はこちらをご覧ください。
http://www.uchida.co.jp/company/corporate/bases_4.html

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2016年12月22日

eSRU第12期第1講案内

eシルクロード大学(eSRU)第12期第1講案内です。

日時:2017年1月19日(木)18:00〜19:30
講師:奈良大学文化財歴史学科学生 松尾誠之氏
演題:「北前船が運んだもの」
場所:ユビキタス協創広場 U-cala
   北海道札幌市中央区北1条東4丁目1-1
   サッポロファクトリー1条館1階
   http://www.uchida.co.jp/company/showroom/canvas/sapporo/index.html
内容:
1.北前船との出会い<函館・江差・淡路>
 〇函館勤務時代の高田屋嘉兵衛との出会い
 〇嘉兵衛生誕地淡路と北海道のつながり 映画「北の零年」
 〇江差町姥神大神宮祭の衝撃
2.北前船(千石船再現)に乗船<佐渡・宿根木>
 〇船大工がつくった宿根木集落
 〇世界講演を行う太鼓芸能集団「鼓童」の本拠地
3.北前船を操る商人<赤穂(坂越〜さこし))>
 〇奥藤酒造は慶長年間に設立 酒造・廻船・漁業営む 赤穂藩の交易港
 〇赤穂塩と忠臣蔵
 〇坂越の生島〜聖徳太子のパトロン 秦河勝の終焉地
4.第16回北前船寄港地フォーラム<江差>
 〇ネットワークで結ぶ地域おこし
 〇日本海側は裏日本ではない!
 〇北前船を日本遺産に
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2016年12月20日

eSRU第11期第12講

 eシルクロード大学(eSRU)第11期第12講は
2016年12月15日(木)18:00〜19:30
講師に街道徒歩旅行家境聡雄氏をお迎えして、
「五街道の歩き方」の演題でお話を伺いました。
場所はいつものユビキタス協創広場 U-calaでした。

 境氏は昭和28年札幌市に生まれ、北洋銀行並びに関連会社勤務を経て平成26年に退職しています。退職後はゴルフ・山登り・街道歩きなどを趣味としています。
 今回の演題にある五街道とは東京日本橋を起点とする東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道の五つの陸上幹線を指し、江戸幕府によって整備され一部は現在の国道が継承しています。各街道のおおよその距離は、東海道490km、中山道530km、甲州街道210km、日光街道140q、奥州街道190km(途中宇都宮までは日光街道と重複する)です。
 境氏が街道を歩くきっかけとなったのは、退職後、自由に使える時間が出来たことからで、当初は四国八十八カ所の遍路巡礼も考えたそうですが、総距離1,400kmにおよび且つ峻険な山道も含まれることから自身の体力を勘案して断念し、遍路道よりは平坦そうな街道を歩くことにしたそうです。
 街道を歩く方々の多くは週末の休日を利用する日帰りが多いようであり、日本橋あるいは京都から通しで全行程を歩いている旅行者は少数派だそうです。仮に北海道から行こうとするのであれば日帰りでつなげるのは到底無理で、歩く行程によるとしても、1〜2週間程度の休日を確保する必要があります。
 境氏が歩いた街道は2014年10月から2016年11月にかけて、東海道、甲州街道、中山道の一部(下諏から京都)で、東海道18日、甲州街道13日、中山道15日で延べ46日を要しています。2017年中には中山道の残り(日本橋から下諏訪)と日光・奥州街道を踏破したいと考えています。
 境氏が最初に歩いた東海道は約490kmで、実際に歩けた距離は280kmでした。これは、計画を立てた段階で境氏が自身の歩行能力を顧みず、江戸時代の人々が一日十里を歩いた記録などから、30km程度なら歩けるだろうという期待で、宿泊の場所をおよそ30kmの間隔で手配してしまったことによります。
 宿泊を手配した後、実際に荷物を背負って歩いてみたところ20km程度が氏の実力であることが判り、30km間隔の宿泊場所に対して10km程度を電車・バスなどで移動しています。しかし、中山道・甲州街道については、悪天候により峠を通れなかったり、疲れて電車に乗るケースなどがあったものの、総行程の8割以上は徒歩にて通過出来たそうです。街道を通しで歩いて見ようと考える場合は、まず自分がどの程度歩けるのか測定して見ることが肝要であり、それにより街道を歩く日程を決めることが可能となるとのお話です。
 街道を歩く場合、本州の梅雨、真夏、台風などの天候を考えると歩ける時期は3〜5月、10〜12月頃が適当で、中山道は全体に標高が高く寒冷・積雪の可能性があり各月の平均気温・降雪量などを確認しておくと安全との解説です。
 日程が決まったら宿泊の手配を早めに行う。東海道の大都市周辺は直前だとホテルの予約が取りづらいことが多い。宿泊はビジネスホテル、旅館、民宿などの選択枝があり、着替えの洗濯が出来る設備のあるビジネスホテルの方が便利であった、との経験談の披露です。
 携行品は数日分の着替えに雨具、常備薬など通常の旅行に必要なものを適宜選択する。雨具については終日雨天の様な場合もあるので防水仕様のものを着用する。傘は交通量の多いところでは見通しが悪くなり危険でも、弱い雨や交通量の少ないところでは使用できるので折り畳み傘を持つと良い。地図は必携であり、街道は相当な分岐があるので地図が無いとほとんど歩けない。書店やネットショップなどで街道ごとに数種類発行されている。街道歩きは大部分が舗装路であり、登山靴は歩行に適していない。履きなれたスニーカーやウォーキングシューズで良いがソールのしっかりしたものを選ぶこと、といった留意点の話は、これから街道歩きをする人には大変参考になるものです。
 街道歩きの安全対策として、住宅街や国道を歩くときは車両に十分な注意が必要です。左側通行ではなく、不測の事態にある程度対応できる右側通行がお勧めとの事です。また、峠道などでは熊除けの鈴なども携行したほうが良いとのお話です。
 余談で、自動車・バイクでは通行出来ない箇所もかなりあるので全行程を自転車に頼ることは不可能で、自転車では峠道や狭い道路を考えると徒歩より危険であるとの事です。
 街道歩きは徒歩に限るものでもなく、バスツアーなどでお目当ての宿場だけを見るのも良いし、時間に余裕があれば宿場近隣の名所旧跡や温泉を堪能するのも良い方法です。街道歩きも「旅」であり、その楽しみ方は千差万別。行かれる方の良き思い出となるのであれば、自由な過ごし方で良いのではないかと氏の感想が述べられました。
 出席者は10名でした。

講義中の境氏A.jpg
講義中の境氏:説明文クリックでパノラマ写真)

講義風景(2016・12・15)A.jpg
(講義風景)

甲州街道猿橋宿にてA.jpg
(甲州街道猿橋宿にて:境氏提供)

東海道由比宿から見る富士山A.jpg
(東海道由比宿薩埵(さった)峠から見る富士山:境氏提供)

中山道落合宿の石畳A.jpg
(中山道落合宿の石畳:境氏提供)
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2016年12月03日

eSRU第11期第12講案内

eシルクロード大学(eSRU)第11期第12講案内です。

日時:2016年12月15日(木)18:00〜19:30
講師:街道徒歩旅行家 境聡雄氏
演題:「五街道の歩き方」
場所:ユビキタス協創広場 U-cala
   北海道札幌市中央区北1条東4丁目1-1
   サッポロファクトリー1条館1階
   https://www.uchida.co.jp/company/showroom/u-cala.html
内容:五街道とは東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道で、このうち講師はこれまで東海道(日本橋〜京都)、甲州街道(日本橋〜下諏訪)、中山道(下諏訪〜京都)を歩いています。その経験からウォーキングの計画と準備、予行演習、安全対策、実際の街道歩きでの日程と宿泊、見所などなどについてお話していただきます。
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2016年11月22日

eSRU第11期第11講

 eシルクロード大学(eSRU)第11期第11講は
2016年11月17日(木)18:00〜19:30
講師に(株)ティ・エム社長・一級葬祭ディレクターの田村麻由美氏を
お迎えして、「葬送の現場から」の演題でお話を伺いました。
場所はいつものユビキタス協創広場 U-calaでした。 
 田村氏のお仕事の肩書には一級葬祭ディレクターの他にグリーフケアアドバイザー(1級)、復元死化粧師の耳慣れないものがあります。さらに氏は札幌市中央消防団曙分団の団員でもあります。葬儀屋として様々な「死」に直面し、突然倒れ命の終わりの日を迎えてしまうにあたって、意識のないまま数日間過ごすより、たとえ数日間であっても自分らしくいられることの重要さを痛感し、救命処置を教える応急処置普及員の資格を取得されたそうです。
 グリーフワーク(ケア)の言葉も初めて耳にするものでした。これは肉親を亡くして悲しみに暮れる遺族に寄り添って葬儀を行うとともに、時にはその後も悲しみに対処したケアを行う仕事です。通り一遍の葬儀の仕事ではない点がこの言葉に込められています。消防団の団員であるのも、悲しい不慮の事故を一件でも防ぎ、たとえ死に直面する状況であってもその方との最期の時間を会話であったりアイコンタクトであったりなどの何かしらの想い出を作っていただきたいという意味も込められているようです。
 親を亡くするのは自分の過去を失うこと、子を亡くするのは自分の未来を失うこと、自分の伴侶を亡くすることは現在を失うこと、恋人や親しい友人を亡くした人は自分の一部を失うこと、という「死」を表現した言葉が印象に残り、確かにその通りだと思いました。グリーフケアはそのような「死」の意味を考慮して行われるものなのでしょう。
 田村氏のお話で、本木雅弘が納棺師を演じる映画「おくりびと」の興行人気も手伝って、納棺師の仕事をする若い人が増えているそうで、それも女性が多いという紹介がありました。復元死化粧師とは事故死とか自死等で遺体を死の直後に遺族と対面させるのが憚られるような状況で、特殊メイクも援用しながら死者の尊厳が保てる状態にもってゆく仕事です。飛び降り自殺の遺体を直ぐに親に見せずに復元死化粧を施した後で面会させられて、よかったと思うというお話もありました。
 田村氏がこの仕事を志す遠因には同氏の肉親(兄)の交通事故死があり、その傷ついた死に顔が今でも脳裏に焼き付いており、故人をもっと生前の姿に近づけたかったという思いがあったと述べられていました。
 民族の鬼観念を造形するプロセスの中で死体現象が大きく作用したのではないかという推論から遺体を青鬼、赤鬼、黒鬼で表現されていて、何の事かと思うと、腐敗していく遺体は青く変色し、赤鬼は遺体内部に溜まるガスで巨人化し顔が変形し、乾燥と融解の状態になると黒ずんできて黒鬼状態になります。そのような死後変わりゆく遺体を可能な限り少しでも生前の状態に近づけて故人の尊厳をお守りし葬送するための手助けが復元死化粧師の仕事になります。
 レーニンの遺体の例でエンバーミングの紹介もありました。日本語では死体防腐処理、遺体衛生保全といわれています。火葬で遺体処理をする日本ではそれほど多くはないそうですが、それでも火葬までの期間遺体をきれいに保存するため利用される技術で、この分野でも専門技術者が居ます。職業とは驚くほど多岐にわたります。
 遺体との会話という事にも言及されていました。「亡くなった方は死に際して何を望まれているのか」「送る側としては何をしてあげられるか」を考えて葬儀を行うというものです。故人を知らない状況で死に際してこれを行うのは直感に頼る他無いとのことです。心を集中させ声無き言葉に耳を傾ける。色々なケースの積み重ねでこの直感を研ぎ澄ますことになるそうです。
 田村氏は3Dプリンターの組み立ての最中です。このお話を耳に挟んで今回の講師を頼んだ経緯があります。復元死化粧に際して顔の部分等を3Dプリンターで造形して、これを用いることはできないかという話です。今のところ3Dプリンター装置を徐々に組み立てていく方法を採用していて、完成には至っていないとのことです。3Dプリンターにこんな利用法があるとは想像ができませんでした。それにしても技術者でもない田村氏が、技術者顔負けの発想とそれを実行に移して行く行動力には驚かされます。
 講義の最後に死化粧の略式の実演がありました。まず田村氏が自分の腕にただれたような傷の状態を特殊メイクで作ります。これを死化粧前の状態に見立て、めくれた部分を除去します。その上にアメリカ製遺体用のクリーム状のものに色を調合し塗ってゆきます。最後にエアースプレーで色むらを修正すると、元の肌のように見えます。見事なものです。この実演は今回が初めてだそうで、めったにみられない実演を目にした参加者が4名とは勿体ないことでした。
 なお、田村氏の会社の名前の「ティ・エム」について尋ねたところお名前のTamura Mayumiの頭文字だそうで、これには一本取られた感じでした。

講義中の田村氏A.jpg
(講義中の田村氏)

特殊メイクによる遺体の部分の形成A.jpg
(特殊メイクによる遺体の部分の形成)

めくれた部分の切除A.jpg
(めくれた部分の切除)

肌色のクリーム状のものの塗布A.jpg
(肌色のクリーム状のものの塗布)

エアスプレーで色むら修正A.jpg
(エアスプレーで色むら修正)

11・17(その3)死化粧師 復元の皮膚 見事なりA.jpg
講義の様子のパノラマ写真:この説明文をクリックして別のブログのページに飛び、そこの画面をクリックするとパノラマ写真で見ることができます
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2016年11月01日

eSRU第11期第11講案内

eシルクロード大学(eSRU)第11期第11講案内です。

日時:2016年11月17日(木)18:00〜19:30
講師:(株)ティ・エム社長・一級葬祭ディレクター 田村麻由美氏
演題:「葬送の現場から」
場所:ユビキタス協創広場 U-cala
   北海道札幌市中央区北1条東4丁目1-1
   サッポロファクトリー1条館1階
   https://www.uchida.co.jp/company/showroom/u-cala.html
内容:1級葬祭ディレクター、1級グリーフケア・アドバイザー、復元死化粧師の
   田村麻由美氏から、一般的に知られていない遺体修復とは、最近の終活や
   葬儀の動向、グリーフ・ケアなどについてお話していただきます。
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2016年10月22日

eSRU第11期第10講

eシルクロード大学(eSRU)第11期第10講は
2016年10月20日(木)18:00〜19:30
講師に(株)ディグダグッドIMC会長・写真家 室崎新一氏を
お迎えして、「サッポロ・ストリートから」の演題でお話を
伺いました。場所はいつものユビキタス協創広場 U-calaでした。
 室崎新一氏は北海道教育大卒業の写真家で、特にアフリカの野生動物に思い入れがあり、アフリカに出向き写真を撮っていると聞きました。写真家としてのお仕事とは直接関係がない(株)ディグダグッドIMC (DIG DA GOOD GROUP INC)の代表取締役会長職にも就いておられ、今回はこの会社に関するお話でした。因みに「DIG DA GOOD」とは「良いものを掘り出す」といった意味であると聞きました。
 ここで「良いもの」とはタレント・アーティストであり、その埋もれた才能です。組織の枠にはまらず、学歴や職歴の無い若い才能あるミュージシャンやタレントの卵が、自分の好きなことだけで生活していくのは至難の業です。その状況で、才能ある若者が生活の場を確保しながら、才能を伸ばして行ける組織(会社)の経営者の立場に室崎氏はあります。
 会社は、それぞれ独立して活動するアーティストが集まって形を作っています。こうする事により、アーティストがそれぞれの会社経営や管理業務を集団の会社に任せて、各自の得意分野に精力を傾注できるメリットがあります。会社には多くのアーティストが所属するため、業務の形態が多様で、それぞれ仕事内容を仕分けして説明がありました。
 まずレーベル・アーティストマネージメントがあります。この業界に疎い者には初めて耳にするアーティストやその集団のHOKT、YOUNG DAIS 、N.C.B.B、などが所属しているとの事です。会社の「DIG DA GOOD IMC」がレーベルです。HOKTは陸別町出身で、ヒップホップ音楽ではメジャーで、N.C.B.B(North Coast Bad Boyz)を結成しています。札幌を拠点にして活動を続けていて、モットーが “B-Boyz Be Ambitious”で、これは面白い。TBS系ドラマ「池袋ウェストゲートパーク」のモデルになっています。
 会社ではイベントの企画・制作・運営を行って来ています。観光地のホテルに客があまり来ない頃、JTBと組んで宿泊型音楽フェスティバルを行っています。その国際版としてヒルトンニセコビレッジでアジアのトップアーティスト達を招待し、「HOKKAIDO」のブランド紹介を行いました。カーデーラーと組んだイベントの成功と失敗談の話もありました。そのせいか、室崎氏は車に関しては一家言の持ち主でした、
 音楽配信の仕事の紹介もありました。今や音楽CDを制作してもほとんど売れないそうです。音楽の流通がCDからネット配信に移行しているためです。そのネット配信も聞き放題のサービスが現れて、音楽アーティストに入る著作権料がほとんど見込めなくなってきています。ただ、ビッグな音楽アーティストや演歌などのCDは年配世代の昔からのファンも居て、売れているそうです。「DIG DA GOOD IMC」ではアーティストオファー、レコーディング、マスタリング、ジャケットデザインなどリリースに至る全作業を行っており、タイトル数は120曲を超えているとの事です。
 同社ではアパレルブランドの展開やアパレルショップの運営も行っています。北海道から発信するストリートブランドの位置づけで、ロック音楽を加味したものや、ヒップホップカルチャーから派生したブランドを育てています。アパレルショップの「CHILL IN DA HOUSE」を運営しています。
 映像部門では「DDG Film」として作品を出しています。日本のヒップホップトップランカー達のビジュアルプロデュースを一手に引き受けているとの事です。
 ヒップホップ番組を中心にしたテレビ番組やラジオ番組の運営や制作も手掛けています。TVHテレビ北海道やFMノースウェーブでの番組で放送されています。
 同社は札幌中心部の大通りでレコーディングスタジオを運営しています。これまで積み上げて来たプロモーションスキルで、映画やCDによる広告代理業務も行っています。
 室崎氏のお話をまとめるにあたり、これまで耳にしたことがない言葉や用語が出て来て、ネットで調べたりして勉強になりました。日本では一般に馴染みの薄いヒップホップ文化は札幌すすきの界隈で生息していて、一度見てみたいものだと思いました。それにしても、ストリートアーティストからメジャーな存在のランク入り(トップランカー)になるのは大変のことだ、という感想です。
 出席者は7名でした。

講義中の室崎氏A.jpg
(講義中の室崎氏)

講義風景2016・10・20A.jpg
(講義風景)

講義資料A.jpg
(講義資料)
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2016年09月17日

eSRU第11期第10講案内

eシルクロード大学(eSRU)第11期第10講案内です。

日時:2016年10月20日(木)18:00〜19:30
講師:(株)ディグダグッドIMC社長・写真家 室崎新一氏
演題:「サッポロ・ストリートから」
場所:ユビキタス協創広場 U-cala
   北海道札幌市中央区北1条東4丁目1-1
   サッポロファクトリー1条館1階
   https://www.uchida.co.jp/company/showroom/u-cala.html
内容:「若者たちの夢と絶望が交差するサッポロ・ストリート
   この街角から生まれたヒップホップビジネスを語る」

   お金も学歴も何もない若者たちが会社を起こし、音楽業界で生き残り, 
   第一線のミュージシャン、映像作家、デザイナー、イベントプロデューサー、
   映画俳優として自立することが出来たのか,その経緯をお話ししていただきます。
   
   〇アジアを巻き込んでの音楽イベント
   〇地方自治体の町おこしイベント
   〇外資系を含む大手企業とのコラボ
   〇NPOの設立
   〇音楽配信事業
   〇テレビ、ラジオ番組の制作
   〇アパレルの展開などなど
   
   20代前半の若者たちに交じって、唯一の大人として、室崎氏がどう係って来たのか
   ということにもお話で触れていただけると思います。
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eSRU第11期第9講

 eシルクロード大学(eSRU)第11期第9講は
2016年9月15日(木)18:00〜19:30
講師に(株)日経BPソリューションズ社長
・日経コンピュータ元編集長 横田英史氏をお迎えして
「技術専門誌、今昔物語」の演題で講義を行って
いただきました。場所はいつものユビキタス協創広場 U-cala
でした。
 横田氏は2016年3月に札幌に設立された「日経BPソリューションズ」の社長で「日経コンサルティング」の取締役も兼務されています。会社名が並びますが、組織図では日本経済新聞社の傘下に「日経BP」社、その下に「日経BPコンサルティング」その下に「日経BPソリューションズ」とつながっています。
 横田氏の経歴は大学の電子工学科を卒業後、川崎重工で電子制御の技術者として仕事をしています。技術者としてはゴミ焼却炉の開発に取り組んで、特許も取得しているとのことでした。Z80や8085のCPUも手配線して使った話も出て来て、懐かしい技術の紹介でした。機械系の会社で電子系の仕事は何でもやらされ、この技術者としての経験が、その後転職した技術系記者の仕事に役立ったそうです。
 川崎重工から「日経マグロウヒル」に転職、「日経エレクトロニクス」記者、「日経コンピュータ」編集長等を経て現在に至っています。
 横田氏が出版業界に入った頃がこの業界の紙メディアの全盛期で、その後インターネットの普及に反比例するように、印刷・出版の落ち込みは続いていて、その傾向を止める手立てが見つからないとのことです。日経BPは多くの専門雑誌を出版していて、最盛期には購入者の選別を行っていて、会社の部長クラス以上を顧客にして売っていたとのことで、クオリティの高い業界誌であった事がわかります。そのような独占的な販売が可能であったのは、紙メディアの時代に顧客情報の囲い込みも要因の一つであったようです。
 ネット時代になり、顧客情報をビックデータで得ることができる流れの中で、これまでの記者による取材とそこで派生する人間関係で得られた顧客情報の量とリアルタイム性がネットにどんどん追い越されていきます。加えて、雑誌の広告収入も急速に落ちています。しかし、過去の雑誌の広告による高収益性に足を引っ張られて、ネットへの移行にブレーキがかかってしまった、という実情があります。
 この状況で電子出版が急速に伸びてきており、出版では電子対紙は10対1ぐらいまでになっているのではないかとの統計があります。電子出版の成功例は2010年に出現した、ネットで雑誌の読み放題の「dマガジン」で、会員数は300万人を突破しています。その成功の秘密は、ドコモの認証・課金システムを利用していて、Auやソフトバンクのユーザーも読み放題が可能で、記事単位でも読むことができる事などがあげられます。電子雑誌元年がやってきたとも言われています。
 電子であれ紙であれ、ユーザーが出版物に求めるものは、早い、詳しい、面白くて役に立つもので、これは専門誌でも変わりません。紙メディアは早く詳しい点では電子メディアに敵いません。メーカー自身が自社のデータを、直接ネットを介して公表する時代では詳しい情報という点でも専門誌は守勢に立たされます。紙メディアの雑誌の生き残る道としては、面白くて役に立つキーワードを追及し、ネットとの補間関係を展開するあたりか、とのお話でした。新しく札幌に立ち上げた会社もその方向で企業展開を考えているとの事でした。
 出席者は8名でした。

講義中の横田氏A.jpg
(講義中の横田氏)

横田氏の講義スライドA.jpg
(講義スライド)

講義風景(2016・9・15)A.jpg
(講義風景)
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2016年08月20日

eSRU第11期第9講案内

eシルクロード大学(eSRU)第11期第9講案内です。

日時:2016年9月15日(木)18:00〜19:30
講師:(株)日経BPソリューションズ社長・日経コンピュータ元編集長 横田英史氏
演題:「技術専門誌、今昔物語」
場所:ユビキタス協創広場 U-cala
   北海道札幌市中央区北1条東4丁目1-1
   サッポロファクトリー1条館1階
   https://www.uchida.co.jp/company/showroom/u-cala.html
内容:
・自己紹介
・出版社が置かれた状況
・専門誌が置かれた状況
・インターネットの衝撃
・イノベーションのジレンマ
・雑誌ができるまで
・紙とWebの違い
・これからの専門誌のあり方
・質疑応答
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